「人間ってのは薄情だ。特に女のアイドル熱は冷めだすと早い。何がきっかけで周りの女子が離れていくかわからないぜ」
「彼女たちには興味はない」
「おーおー 言ってくれるねぇ。石榴石倶楽部だっけ? 彼女たちが聞いたら泣いて喚くんじゃねぇ?」
「くだらない茶番なら一人でやってくれ」
胸中はわからないが、表向きは挑発にもまったく乗ってこない瑠駆真の態度。小童谷はヒョコッと肩を竦める。
「大迫美鶴との関係だって、ずいぶんと不安定なんだろ?」
悔しいが、美鶴の名を出されると反応せずにはいられない。瑠駆真は軽く下唇を噛む。
「無様な過去が、二人の間にどんな影響を与えてくるのかな?」
無様な…… 過去。
美鶴と再会した四月。自分をまったく覚えていない彼女の態度に、瑠駆真はそれなりにショックを受けた。だが一方で、安堵もしていた。
覚えていないのならそれでもいい。なぜなら、消してしまいたいくらい情けない過去だから。
そう、まさに無様な過去。
小童谷は顎に手をあて、芝居がかった仕草で考え込んでみせる。
「不必要な情報は、知られない方がいいんじゃないのか? 特に今は、金本聡っていう強力なライバルもいるみたいだし」
「目的は、何だよ?」
「目的? 俺の? そんなものはないさ」
「嘘だ」
瑠駆真は激しく断言する。
話を聞くに、お茶会を主催するのは副会長だ。廿楽という女子が個人的事情で瑠駆真を引き込もうとしている。
そう、瑠駆真に用があるのは廿楽という上級生であって、小童谷ではない。
ならばなぜ、彼はここまで食い下がる?
そもそも、なぜ小童谷は瑠駆真の過去に詳しい?
瑠駆真の母が開いていた英語教室に通っていたから―――
だが、例えば自宅でピアノ教室だとか書道教室だとかを親が開いていたとして、その教室に子供が頻繁に顔を出すことなど、あまりないだろう。通う生徒にしたって、使用するのは玄関から教室までのルートと、せいぜい手洗いだ。その家に住む子供と通ってくる生徒が顔を合わさなくても不思議ではない。母の英語教室に通ってくる生徒の中には、瑠駆真の存在すら知らなかった子供も多かっただろう。
なのになぜ、小童谷はこれほどまでに瑠駆真を知る? 瑠駆真が引き篭りがちで、学校ではくまちゃんと呼ばれてからかわれているという事実を、なぜ知る?
やはり同じ中学か小学校にでも通っていたのだろうか?
そしてなぜ、お茶会に拘る?
「嘘だ」
瑠駆真はもう一度断言する。
「お茶会なんて、お前には関係のない事だろう? なのになぜ、ここまでしつこい?」
廿楽華恩とやらに、何か弱みでも握られているのだろうか?
いや、この小童谷という人間。弱みを握られて誰かに脅されるようなタイプではない。
脅される―――
「そうだ」
知らずに口をつく。
「これは脅しだ」
「脅し?」
瑠駆真は、珍しく怪訝そうな表情を見せる相手を睨み返した。
「なぜ僕を脅す?」
「脅す?」
小童谷は口の中で呟き、そして納得する。
「そうだね。これは脅しだ」
少し酔ったような瞳。
「俺はお前を脅してる」
「なぜ?」
「なぜ? か」
フフッと笑う。
「簡単さ」
艶を帯びた声。
「俺はお前が嫌いだから」
「僕は、君に嫌われるような事はしていない」
「していない?」
その言葉に、初めて小童谷陽翔の顔から笑みが消える。いや、笑みが消えたというよりも、その上に険しさが覆いかぶさったと言うべきか。
攻撃色を纏った視線が、銛のようにドスリと瑠駆真へ突き刺さる。
「していないだと?」
「じゃあ、何をした?」
小童谷は一呼吸置き、直前までとはまったく違う、怒りを込めた声を出す。
「お前が、初子先生を殺したんだ」
殺した?
美鶴はさすがに瞠目する。その背後から激しい声。
「なにやってるのっ!」
咎める声にハッとする。振り返る先で、緩が険しくこちらを睨んでいる。
ヤバっ!
美鶴は咄嗟に身を翻した。その腕に、細く長い二本の腕。
「待ちなさいよっ」
「誰だ?」
前方からは緩、背後からは小童谷陽翔の声。足音がこちらに向かって来る。
見つかる。
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